寂しい夜に。

 寂しいと感じた時に何をしたらいいのだろうか。

 

 誰に助けてもらえば良いだろうか。

 

 好きな相手に連絡を取る。素直になれる友人と飲みに出かける。SNS等で仲良くなった価値観の合う人間と通話をする。名前も職業も知らない人間と一夜を過ごす。

 どれもその人が満たされるならそれで正解だと思う。もちろん一時的でもいいと思う満たされるなら。

 

 一人じゃない時間を作って誰かと過ごすのも良いと思う。一人で寂しい思いをするのは辛いものな。好きな人と話して幸せな気持ちになって寂しさを忘れるも。気の知れた友人と笑い合うのも。価値観の合う人と話して互いに好きな話で盛り上がるのも。体にしか価値を感じてない相手に抱かれて必要とされてると感じるのも。抱いて感情を精子とともに吐き出したつもりになるのも。良いじゃないか。たとえ一時的でも寂しさを忘れられるなら大いに結構。素敵じゃないか。

 

 だが、どうだろうか。寂しいと感じるたびにそれをしていて満たされるだろうか。

 自分が愛し合っていると信じている相手が自分を好きか不安になる時。寂しさを分かち合いたくても相手には伝わらないと実感した時。相手と自分の価値観が違い否定された時。行為が終わって自分への興味の無さを実感した時。満足感と引き換えに嫌悪感を感じた時。相手と自分のノリが合わない時。それでも場の空気に合わせて無理に明るく振る舞う時。

 

 寂しくないか?他人で自らの寂しさを埋めてばかりだと、誰かの感情次第で自分の寂しさはまた引きずり出されてしまうんじゃないだろうか。

 

 しかしSNSで簡単に人と繋がれる時代にわざわざ一人で寂しさを感じるなんて苦しい思いもしたくない。寂しい夜は誰かと居て自分は一人じゃないと感じたい。きっとそう思うだろう。

 

 それでもどうかたまにでいい。一人でその寂しさと向き合ってほしい。一人で自らを傷つけて苦しもうなんて話じゃないんだ。

 一人で寂しい夜に、寂しさを抱えて散歩に行こう。普段は人が多い道も人気がなくなり、いつもと違う世界を楽しめる。普段は何も思わない景色なのに寂しさを抱えて歩いている時にふと綺麗だと思える瞬間があるだろう。

 一人で寂しい夜に、自らの感情を何かに吐き出してみてほしい。紙に書いて自問自答でもいい。もしかしたら「死にたい」「寂しい」に隠れた自分でも気づかない感情に気づけるだろう。

 一人で寂しい夜に、映画を見たり小説を読んだり音楽を聴いて素直に感情を吐き出そう。寂しいと感じる一人の時じゃないと見れない視点があるだろう。誰にも見られていない時じゃないと吐き出せない感情があるだろう。

 

 そして、少しだけ自分の寂しいと言う感情も好きになってあげてほしい。

 

 寂しい時なんてものすごく苦しいけど、いつかその寂しさと向き合えるようになったらきっと毎回相手を探して相手がいなかったら苦しむ。なんて苦しさから少しは解放されるだろう。